シェーンベルク – Sechs kleine Klavierstücke, Op.19 について | 人人振動

シェーンベルク – Sechs kleine Klavierstücke, Op.19 について

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今回は12音技法で有名な Arnord Schoenberg のピアノ曲  Sechs kleine Klavierstücke (6つの小さなピアノ曲) に出会ったので、この曲集がどのように作曲されたのかなどを書いていきたいと思います。

現代音楽といっても100年以上前(1911年)に作曲された曲です。ちなみに上の肖像画は Egon Schiele が描いたものです。ハイセンス!いかす!

 

シェーンベルク – Sechs kleine Klavierstücke, Op.19 について

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作曲された日

下の概要はWikipedia から翻訳したものです。

Sechs kleine Klavierstücke(ドイツ語)

Sechs kleine Klavierstücke(英語)

 

この曲集は6つの曲で構成されていて、1911年に作曲されました。最初の5曲は2月19日に一日で作曲され、最後の曲は6月17日に作曲されました。有名な12音技法が確立したのが1921年なのでちょうどその10年前ですね。

ちなみに、グスタフ・マーラー が亡くなったのはこの間、1911年5月18日です。ドビュッシーは1909-1913にかけて、『前奏曲集第1巻』、『前奏曲集第2巻』 を完成させます。

日本は翌年1912年に明治天皇が亡くなられ、明治から大正になります。世界では1914 – 1918年にかけて第一次世界大戦が勃発します。こう日本史や世界史と結びつけると面白いですねー。

 

成り立ち

Pelleas und Melisandeのような大きく、複雑な曲の作曲後、彼は作曲スタイルを変えることを決断しました。

彼の String Quartet No. 2  を始めとし、そのスタイルを変えます。その内容は彼が1909年に作曲家の Ferruccio Busoni に送った手紙をみてみましょう。

 

My goal: complete liberation from form and symbols, cohesion and logic. Away with motivic work! Away with harmony as the cement of my architecture!

Harmony is expression and nothing more. Away with pathos! Away with 24 pound protracted scores!

My music must be short. Lean! In two notes, not built, but “expressed”. And the result is, I hope, without stylized and sterilized drawn-out sentiment. That is not how man feels; it is impossible to feel only one emotion.

Man has many feelings, thousands at a time, and these feelings add up no more than apples and pears add up. Each goes its own way. This multicoloured, polymorphic, illogical nature of our feelings, and their associations, a rush of blood, reactions in our senses, in our nerves; I must have this in my music.

It should be an expression of feeling, as if really were the feeling, full of unconscious connections, not some perception of “conscious logic”. Now I have said it, and they may burn me.

 

翻訳すると、

私の目標:形や記号、まとまりや論理からの完全な解放。動機づけされた仕事から解放されること。私の建築のセメントとしてのハーモニーから解放されること。

調和は表現であり、それ以外の何ものでもない。ペーソスを捨てよ 24ポンドの長大な楽譜とはおさらばだ!私の音楽は短くなければならない。

 

もう、このときのSchönbergは破壊したかったんでしょうね。うおー!!何百年も同じようなことやりやがって!ってかんじで。もうこのときには、音楽史的に調性の崩壊が始まっていますが、まだ調性を保っています。

私の音楽は短くなければならない。無駄なく!2つの音で、構築するのではなく、「表現する」のだ。そして、その結果、様式化され、滅菌された、引き延ばされた情感がないことを私は望む。それは人間の感じ方ではない。一つの感情しか感じないということはありえない。

人間は多くの感情を持っており、一度に何千もの感情を持ち、これらの感情はリンゴと梨の足し算ほどにはならない。それぞれが独自の道を歩む。この多色的、多形的、非論理的な感情の性質と、それらの関連性、血の盛り上がり、感覚、神経における反応、私はこれを自分の音楽の中に持たなければならないのだ。

それは、「意識的な論理」の知覚ではなく、無意識のつながりに満ちた、あたかも本当にその感情であるかのような、感情の表現であるべきなのだ。今、私はそれを言った。彼らは私を焼くかもしれない。

 

 

曲の解説

I. Leichte zarte Achtel

 

II. Langsame Viertel

この曲の特徴は頻繁にでてくる3度のスタッカートの伴奏でしょう。この伴奏はシンコペーションしながら現れます。

僕の先生は、『ドイツにいる鳥で、こんな短く鳴く鳥がいるんだけど、姿みたことないのよね。どんな鳥なのかしら。シェーンベルクもドイツ人だから多分その鳥の鳴き声を書いたんじゃないかしら?』 なんて言ってました。

 

III. Sehr langsame Viertel

 

IV. Rasche, aber leichte Viertel

 

V. Etwas rasche Achtel

楽譜に書いてある zart, aber voll は 『柔らかく、しかし いっぱいに』 という意味です。

曲を通して鼻歌のようなメロディーが流れます。7,8小節目の伴奏は、この曲集1曲目の4,5小節目のバリエーションで、12-15小節の3度伴奏は、2曲目の伴奏を思い出させます。こんな感じで前に使った、音楽の欠片をまた変化させ使用するのは、作曲において重要な手段です。破壊したかった Schoenberg、しかしまだ、古典の作曲技法を用いて作曲しているわけですが、たまにすぎてほぼ気付かない位の使用頻度です。

 

VI. Sehr langsame Viertel

Sehr Langsam はドイツ語で凄くゆっくりという意味です。

静かな、澄んだ景色のような曲です。

ピアニッシモで曲が始まり、7小節目のピアノが最大の音になります。

 

主題の和音

最初の6音からなる和音がこの曲の主題と言える響きです。この和音は曲の中で4回登場します。そのたびに引き伸ばされていたり、短くなっていたりしていますね。綺麗な響きで大好きです。

5小節目に出てくる C-F-Bb の和音は最初の G-C-F の和音を5度上げた和音ですね。

最後の小節にでてくる wie ein Hauch は、息のように という意味です。

 

メロディー

3小節目から4小節目にかけて短いメロディーが出てきます。その後5-6にかけてもみじかなメロディーが現れてきます。

7小節目は今まであった和音が無い状態でメロディーのみが現れ、かつダイナミックも最大です。つまり聴かせどころでしょう。

mit sehr zartem Ausdruck というのは、非常に柔らかな表現で という意味です。

静かな部屋で自分の息、体と対話しながら弾いたらいいな、と思います。

 

まとめ

ということで、まとめてみましたが、書いていて面白かったですね。現代音楽っていいな。作曲家っていいな。と改めて思いました。

ではみなさん良い音楽ライフを♪