ワルツって全部3拍子でしょ?
と思ったら違うんですよ。ワルツにも実は色々なワルツがあります。
ここではウィンナ・ワルツの主な作曲家と音楽の特徴を紹介していきます。
他のワルツはこちらで。
ウィンナ・ワルツの特徴を知って演奏や作曲に活かそう
ウィンナー・ワルツ/ Wiener Walzer(独)
ウィンナ・ワルツは19世紀のウィーンで室内で踊るダンスとして流行し、ウィーン会議を通してヨーロッパ中に広まっていった3拍子のワルツです。それでこのウィンナ・ワルツのリズムには独特の訛りがあります。そこら辺も含めて見て行きましょう。
余談:音楽関係無いのですが、日本語の発音が典型的な変なカタカナ読みで気になる。ドイツ語の読み方を日本語にしたら『ヴィーナー・ヴァルツァー』が近いと思うけど(僕はドイツ語がある程度喋れる)、まあ、『いや!僕が正しい!』って躍起になる必要もないのでおいておこう。
ウィンナ・ワルツは独特のリズムがある
下で紹介する動画でワルツのリズムを聴けますが、このリズムを聴いても分かるように、3等分ではないですね。2拍目が少し前に来てます。
これがウィンナ・ワルツのリズムだと言われますが、wikipediaではこのようにも書かれています。
ウィンナ・ワルツにおける3拍子は、3拍が均等な長さを持たず、2拍目をやや早めにずらすように演奏され、独特の流動感を生んでいるが、これは当時の演奏習慣ではなく、20世紀中頃に成立した習慣であるとする見解もある。
ウィンナ・ワルツ - Wikipedia
しかし、ウィーンの歴史の中で引き継がれてきたわけですから、このリズムが正しいということでしょう。
リズムのとり方
ダンスの音楽ですから、速すぎず軽やかに。
1拍目 強拍
2拍目 1拍目より弱く、少し早めに弾く
3拍目 弱く、軽やかに切る
全体的に軽やかなイメージです。
ウィンナー・ワルツの作曲家
「ワルツの始祖」Joseph Lanner(1801- 1843)/ ヨーゼフ・ランナー
まず「ワルツの始祖」と呼ばれる 始祖の巨人、ヨーゼフ・ランナー様。
後で紹介するヨハン・シュトラウス1世とワルツ合戦をしつつ、ワルツを磨いていきました。
シュトラウス一家に先立ってウィンナ・ワルツの様式を確立させたため、「ワルツの始祖」と呼ばれることがある。そして後にはヨハン・シュトラウス1世と対決しつつワルツを磨き上げていった(ワルツ合戦)。
ヨーゼフ・ランナー - Wikipedia
この動画は上で1度紹介したものです。
シュトラウス一族
「ワルツ王」と呼ばれるシュトラウス親子。
生前は「ワルツ王」と呼ばれたが、死後には長男ヨハン・シュトラウス2世にその名を奪われ、代わりに「ワルツの父」と呼ばれるようになった。音楽一家としてのシュトラウス家の始祖であり、次男ヨーゼフ・シュトラウスや四男エドゥアルト・シュトラウス1世も音楽家になり、さらにはその子孫からも音楽家となる者が出た。
ヨハン・シュトラウス1世 - Wikipedia
Johann Strauss (1804 – 1849) – Radetzky March/ ラデツキー行進曲
生まれた年を見ると、シュトラウスはヨーゼフ・ランナーの3つ下なんですね。
ランナーはミヒャエル・パーマーの楽団の兄弟子でもありました。その中で色々な問題があり、独立し、いつしか認め合う二人はワルツ合戦に発展すると。
ウィーンでは新年のコンサートでウィンナ・ワルツを演奏します。お祭りのような感じですから、観客は手拍子をしたりしています。
この動画の指揮者は、ダニエル・バレンボイム(Daniel Barenboim)ですが、酔っ払ってんじゃない?って感じです。
新年ですからね。こういうの僕は好きですよ。真面目な演奏者は握手を断ったりしてますが、そしてボウを取り上げるという 笑
Johann Strauss Ⅱ(1825 – 1899)- An der schönen blauen Donau/ 美しく青きドナウ
ヨハン・シュトラウス2世は息子です。名前が一緒なんですね。
この曲を聴くとウィーン!!と思います。
西洋音楽の歴史も学ぼう
話は逸れますが、西洋音楽の歴史を交えて音楽を聴くと、また違った面白さが発見できます。
作曲するときも、あの作曲家みたいにって言われたら『あーあの作曲家は、あの時代だから、こんな感じ』って分かるようになります。この本は面白いのでおすすめです。でも、ウィンナ・ワルツの話は出てきません。
他のワルツはこちらで紹介しています。