前回はパリを中心に栄えた【ノートルダム楽派】の音楽を見てきました。
ここではヨーロッパの中世末期の音楽を実際に聴きながら、その特色を見ていきます。
この時代の音楽を後に紹介する本の名前から『アルス・ノヴァ』と呼びます。
ヨーロッパの音楽ですが『クラシック』ではありません。このアルス・ノヴァの舞台もフランスです。この頃に音楽は宗教から少しだけ離れ、複雑な世俗曲も生まれました。
・アルス・ノヴァの時代の代表的な作曲家の曲と共に解説
【アルス・ノヴァ】クラシック(西洋音楽)の歴史を重要な人物や音楽と共に紹介③
フィリップ・ド・ヴィトリ/ Philippe de Vitry
この時代の重要な人物の1人がフィリップ・ド・ヴィトリです。
ヴィトリも作曲家で、素晴らしい音楽を残していますが、彼はこの時代の音楽の呼称にもなった音楽理論書『アルス・ノヴァ』を書きました。
ここからはヴィトリの音楽を聴きながら見て行きましょう。
音楽理論書アルス・ノヴァ/ Ars Nova
『アルス・ノヴァ』とかいう響きを聞くと、なんだかエクスカリバーみたいな感じで、テンションが上がる人も多いのではないでしょうか?僕もその一人です。
アルス・ノヴァというのは音楽理論書です。
2拍子も正確に記譜できるようになった
アルス・ノヴァでは3位一体の考え方からダメだ、と言われていた2拍子のリズムの記譜法も書かれました。
今となっては2拍子などは当たり前ですが、当時の音楽はキリスト教とガッチリくっついていたので、3位一体を表す、3拍子でない音楽はありえなかったのです。
本 西洋音楽史のなかではこう書かれています。
「このヴィトリの新理論は当時の宗教者たちの逆鱗に触れ、その是非をめぐって大論争が起きた。
ジャック・ド・リエージュという年輩の僧は『音楽の鏡』(一三二三/二四年)という本で、同時代のモテットが二拍子の導入や不自然なリズムでもって音楽を切り刻んでいると非難し、ついには当時アヴィニヨンにあった教皇庁から、こうした音楽を禁止する命令がヨハネス二二世によって出されるまでになったのである(一三二四/二五年)。」
(『西洋音楽史 「クラシック」の黄昏 (中公新書)』(岡田暁生 著)より)
洗足学園音楽大学による記譜法の解説
洗足学園音楽大学のページで実際の記譜法を見ることが出来ます。
もし興味があればどうぞ。
大作曲家 ギヨーム・ド・マショー/ Guillaume de Machaut
この時代だけでなく、西洋音楽史的にも重要な作曲家でギヨーム・ド・マショーという方がいます。
そんなマショーの音楽を紹介していきます。
歴史的にも重要なマショーのノートルダム・ミサ曲
ミサ曲というのは、カトリック教会のミサ(感謝の祭儀)に伴う声楽曲です。
この曲は1340年にランスのノートルダム大聖堂のために作曲された《ノートルダムのミサ曲》(聖母のミサ曲)です。
前の記事にも書きましたが、ノートルダム大聖堂は1つではなくこの曲はフランスの『ランス』のノートルダム大聖堂のために作曲されたものです。
ミサとは何か?カトリックとは何か?
ミサと言うのはローマ・カトリック教会の典礼で、「最後の晩餐」に由来するミサ(司祭がキリストの血と肉に聖変化させたパンと葡萄酒を信徒が拝領する儀式)です。
それで、一言キリスト教といってもこのミサ曲のカトリックや、他にもプロテスタントなどがあります(細かく言えば他にもある)。その違いは何なのでしょうか?分かりやすく言うと、
偶像崇拝や豪華な教会はカトリック。
キリストの像などが無く、十字架だけで質素な教会がプロテスタントです。
オリラジの中田さんが分かりやすく説明してくれてます。興味があればどうぞ。
ノートルダム・ミサ曲はなぜ重要なのか?
なぜこの曲が有名かと言うと、一人の作曲家がミサ典礼用テキストの5つの通常文(①キリエ、②グローリア、③クレド、④サンクトゥス、⑤アニュス・デイ)のすべてを多声に作曲した最初期の作品の一つだからです。
13世紀までは、個々の通常文を単独に多声曲として作曲するのが普通で、14世紀になると「トゥルネのミサ」や「バルセロナのミサ」など、通作した形の多声ミサ曲が多く作られたのですが、複数の作曲家によるミサ通常文楽章をキリエからアニュス・デイまで一曲ずつ集め、ミサ・サイクルとして整えた写本が現れるようになり、「ミサ曲」の概念が生まれるに至りました。
ひとりの作曲家がミサ通常文楽章全てを作曲したものは、通作ミサ曲と呼ばれるのですが、マショーの『ノートルダム・ミサ』曲は西洋音楽史上、現存する最古の通作ミサ作品なので非常に重要で、多数の録音があります。
同じく最古のミサ曲『トゥルネーのミサ』
トゥルネーのミサと言われるものミサ曲も作者不明ですが、同じく最古のミサであると言われています。
ただ、音楽学の知見からは、すべて複数の作曲者の作品を編纂したものだとされている。と言われています。
マショーの作曲した世俗曲
当時は文字を書いたり読んだり出来るのは一部のエリートのみでした。
マショーは宗教音楽の世界で発展してきた『音楽を設計する』という、西洋音楽の根本とも言える考え方を、世俗曲に応用したのでした。
これがまた素晴らしい作品群です!
モテット/ Motet
このモテットというジャンルは中世後半からあります。
モテットの特徴
特徴はグレゴリオ聖歌を低音部におき、その上に自由な旋律がのるオルガヌムと同じなのですが、その上の旋律がグレゴリオ聖歌の内容をフランス語で歌います(グレゴリオ聖歌は主にラテン語)。
そして、その歌詞が一般大衆向けのものになりました。例をあげてみると、
「一三世紀後半のあるモテットの歌詞は、次のようなものだ。
まず一番上の声部はフランス語で、「五月にはつぐみが歌い、グラジオラスやバラやユリも咲き乱れる。だから恋する人々も歓びに存分に身を任す。ならば私も楽しもう。私には国で一番美しい彼女がいるのだから」と恋心を歌う。
二つ目の声部もフランス語だが、こちらは「再婚した男は身を嘆け。教皇を恨むなどもってのほか」と諷刺的。
そして低音のグレゴリオ聖歌には「キリエ(主よ)」とあるのみ。
つまりラテン語のグレゴリオ聖歌(ただし最低音に置かれたグレゴリオ聖歌からの引用は、器楽で演奏されていた可能性も捨てきれない)の上に、フランス語でおよそ聖歌と何の関係もないような恋歌や諷刺歌がのせられるのである。これは聖と俗が交じり合った不可思議な世界である。」
(『西洋音楽史 「クラシック」の黄昏 (中公新書)』(岡田暁生 著)より)
ヴィルレー/ 英語:virelay
ヴィルレーは、中世フランスの詩形や、音楽形式のことを指します。
ヴィルレーの特徴
形式はAbbaA形式になってます。形式が分からない方はこちらの記事を読んでください。
ヴィルレーはロンドーやバラードとともに、「三大定型詩」の一つと言われ、13世紀から15世紀のヨーロッパにおいて、最も普通に曲付けされた詩形だと言われています。
ロンドー(仏: rondeau)
ロンドー(仏: rondeau、複数形:rondeaux)は、13世紀から15世紀のフランスの2つの押韻をもつ15行詩、およびそれに基づいて作られた中世およびルネサンス初期の楽式。
上で紹介したヴィルレーや、下で紹介するバラードとともに、13世紀から15世紀のフランスの詩および音楽の三大定型詩でした。
ちなみに18世紀のロンド形式というものがありますが、それとは違います。
バラード
古くは12世紀北フランスのトルヴェールの歌う世俗抒情歌の形式の1つとして現れました。
バラードの特徴
一般にA-a-Bの形式(Aとaは同じ旋律で歌詞が異なる)。
多声バラードは一般に3声で、最高声部の歌唱をそれより低い2声部が器楽伴奏で支える。
今でもゆっくりとした曲をバラードと言いますが、名前の元はこれです。
まとめ
このようにマショーは歴史的なミサ曲を作曲したのみでなく、宗教音楽の世界で発展してきた『音楽を設計する』という、西洋音楽の根本とも言える考え方を世俗曲に応用したのでした。しかも圧倒的な技量で。
このようにその時代の作曲家は音楽を更に更に進めて行ったんです。
このように歴史を追っていくとドンドンと音楽の変容が分かって面白いですね!
次はとうとう『ルネサンス』です!!